PROJECT
新入社員数”10倍”の効果も。 働く場が、歴史ある企業の未来と働き方を変える
長い歴史を持つ企業には、独自の技術や文化、受け継がれてきた思想など、たくさんの価値が蓄積されています。一方で、それらが日常の中に溶け込んでいるからこそ、自分たちではその魅力に気づきにくくなっていることもあります。 今回、「歴史ある企業の場づくりと働き方」というテーマで話を聞いたのは、老舗企業3社のオフィスや働く場づくりに携わってきた、ヒトカラメディアのプランナー・小島 亮です。工場で働く人たちへの敬意を空間に込めたプロジェクト、社員を巻き込んだオフィスづくりを通じて企業の未来を描いたプロジェクト、そして企業が大切にしてきた歴史や資産を新たな魅力として可視化したプロジェクト。それぞれの事例を振り返りながら、空間づくりをきっかけに変わり始めた歴史ある企業の姿と、これからの企業や組織のあり方について聞きました。
ヒトカラメディア
プロジェクトメンバー
[ 1. 株式会社日新 四国工場 ] 徳島県
休憩の質を変え、コミュニケーションを生み出す空間へ

――今回は、歴史ある老舗企業のプロジェクトについてお話を伺っていきたいと思っています。まずは、徳島の株式会社日新 様のプロジェクトについて教えてください。
日新さんのこのプロジェクトは、ヒトカラメディアのプランニング部門(オフィスデザイン・設計)が立ち上がった最初の頃に約2年がかりで携わったもので、僕にとってこのプロジェクトは、「空間によって組織ってここまで変わるんだ」と実感できた仕事のひとつでした。
最初にご依頼いただいたのは、四国・徳島にある工場の休憩棟のリニューアルプロジェクトだったんですが、24時間稼働の工場で、早番・遅番・夜勤とシフトを組んで働いている方々が使う休憩棟は、かなり老朽化が進んでいる状態でした。実際に利用率もあまり良くなくて、従業員の方の中には休憩棟を使わず、通勤してきた車の中で休んでいる方もいました。
――どのような休憩棟を目指していったんですか?
四国工場のご担当の方が「工場で汗だくになって働いてる人たちこそが会社の宝だ」と熱心に語っていたんですね。「汗だくになりながら、ラインの管理をして、プロの技術を駆使しながら製品を日々作り上げているのは現場の人たちだ」と。それがずっとコンセプトや設計の根底にありました。
話を進めるなかで、最終的には改修ではなく新築に切り替えることになって、地元の建築家と組み、地域に根ざしたチームで設計を進めていきました。特にこだわったのは、製品である合板を使用することですね。既製品のソファをベースに、工場で生産している合板を組み合わせてオリジナルソファを作ったり、テーブルや個室ブースもすべて日新さんの合板を使って作りました。自分たちが手掛けている製品がこんなふうに使われるんだ、ということを休憩時間に実感できるようにデザインしました。

▲従業員の方々へ向けて行った模型を使ったワークショップ
――建物の設計にも、細かな工夫があったそうですね。
建物の断面形状は三角形のシルエットで、1階は広場のような開放的な交流の場に、2階は静かで落ち着けるゾーンにすることで、フロアごとに休憩のスタイルを分けました。2階には個室ブースとくつろぎスペースを設け、仮眠や一人の時間を確保できるようになっています。
休憩棟のあとに、事務所のリニューアルも任せていただいたのですが、そこでも合板を随所に使いながら、従業員同士のコミュニケーションが自然に生まれるよう、動線設計にもこだわりました。工場で働く従業員の方は出社するとまず事務所に寄ってタイムカードを押してから工場へ行くんですが、以前は入口近くにあったタイムカードの位置を、今回はあえて少し遠回りが必要な場所に変えたんですね。それは、工場で働く方々と事務所の方が顔を合わせるタイミングや、様子を垣間見ることができる機会がいかに大切かということが分かってきたからです。
普段、別々の場所でそれぞれ異なる役割で働いているからこそ、タイムカードを押しに来たタイミングで「昨日はありがとね」とか「何かあった?」と気軽に話しかけられるのはすごく大事だと。効率のことだけを考えると入口に設置しておくのが良いかと思いますが、一瞬でも顔を合わせたり、ちゃんと目を見て挨拶ができるかどうかってすごく大切ですし、それが自然発生的に行われる空間や動線を作る必要があると思っていました。

▲建て替え前の休憩棟
――リニューアル後、どのような反響がありましたか?
リニューアル後、なんと新入社員数が前年の10倍になりました。休憩棟も皆さんに気持ちよく使っていただいているようです。「ハードへの投資は採用に効く」というのはずっと思っていますが、効果をしっかり出すことが出来てよかったです。また、日本経済新聞が主催する「日経ニューオフィス賞」では四国部門を受賞することができました。
このプロジェクトのあと、マンションの工事現場の現場事務所の働き方の相談が舞い込んでくるなど、ヒトカラメディアのプランニング事業の幅を広げる契機にもなりましたね。ヒトカラメディアは今もオフィスを中心に扱ってはいますが、どのような場も「誰かの働く場」かもしれないという意味でも、これからもいろいろな「働く場」に携わっていきたいと思っています。
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[ 2. 渋谷レックス株式会社 ] 福島県
オフィスづくりのプロセスが育む、組織の一体感と主体性

――次に、渋谷レックス社のプロジェクトについて教えてください。
渋谷レックスさんは福島にある菓子卸売業者で、創業70年を超える老舗企業です。二代目の社長から突如プロジェクト担当者に任命された方から、「かなり老朽化しているからキレイにしたい」「フリーアドレスを導入したい」というご相談をいただきました。実際に話を聞いてみたところ、「なぜフリーアドレスなのか」「本当にフリアドが適切なのか?」という前提を問い直す必要があるなと感じて、このプロジェクトやフリーアドレスについて「なぜやるのか?」を一緒に言語化するところからプロジェクトがスタートしました。
全社員を巻き込んだワークショップを何度か実施して、このプロジェクトの先にどんなことを実現したいのか、どんな未来を描きたいのか、そのための空間とはどんなものなのか、というところから一緒に考えていきました。オフィスや働く場が組織に与えるインパクトを改めて感じたプロジェクトでした。ワークショップの中から生まれた「チャレンジする風土の継承」という言葉が、渋谷レックスさんの中長期ビジョンになったこともすごく嬉しかったですね。

――その後、フェーズ2として他のスペースのリニューアルも行ったんですよね。
はい。フェーズ1では本社ビル1階の事務所部分をリニューアルしましたが、フェーズ2では、隣接する倉庫で働くパートスタッフの方々も使う2階部分のリニューアルを行いました。
渋谷レックスさんでは、そのリニューアルと並行して会社の行動指針の策定を進めているところだったんですが、行動指針を策定しただけで終わらないように、日々の行動にもしっかり活かしていきたいということで、オフィス空間のさまざまな場所に行動指針を落とし込んでいく、というのもひとつのテーマでした。それと、パートさんがちゃんと休憩を取れて、必要な時に必要なコミュニケーションが正社員の方たちと取れること。フェーズ2でもたくさんの従業員の方々に参加いただきながらプロジェクトを進めていきましたが、オフィスづくりのプロセスに積極的に関わっていただくことで、社員一人ひとりの主体性や、組織としての一体感が育まれていく——それを実感できたプロジェクトだったと思います。

――リニューアル完了後、さまざまな方面から反響をいただきましたね。
そうですね。行政の方や地元メディア、福島県内はもちろんのこと、県外の企業にも注目いただいて、渋谷レックスの社長はオフィス見学の案内で忙しかったようです(笑)。近所の小学校の子どもたちが社会科見学へ来るようになったのも嬉しかったですね。都心部の企業と比べて、地方の企業には、街との接点や関係性を大切にしている企業が多いと思います。オフィスづくりは、そうした地域とのつながりとも非常に密接に関係していますし、オフィスが変わることで、街における企業の存在感にも変化を起こせることを今回学ばせていただきました。
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[ 3. 株式会社イワタ ] 東京都
歴史ある企業には、当たり前すぎて気づいていない”宝”がある

――最後に、株式会社イワタのプロジェクトについても聞かせてください。
イワタさんは書体やフォントを手掛けるメーカーで、業界では知られた歴史ある企業です。ヒトカラメディアではオフィスのリニューアルを担当させていただきました。
――リニューアル後のイワタさんのオフィスは、エントランスがショールームのようになっているのが印象的でした。
エントランスについては、打ち合わせの時に私たちから「ショールームのように使ってはどうか?」という提案をさせていただきました。というのも、旧オフィスにお邪魔したときに、かつて活版印刷で使われていた真鍮プレートや木版があちこちに置いてあって、デザインやタイポグラフィに関心を持っている人間からすると、とってもワクワクしたんですよね。これを寝かせておくのはもったいない!と。オフィスのエントランスで素敵にディスプレイすることで、訪問された方へ自然と会社の歴史を紹介することができるし、従業員の方も、それを日々感じることができます。
これは歴史のある企業全般に言えることだと思うのですが、長い歴史を重ねてきた企業ほど、自分たちが持つ価値や魅力に、かえって気づきにくくなっていることがあると思うんです。だからこそ、第三者である私たちが外から関わることで、その企業が持つ価値を改めて一緒に見つめ直し、空間づくりを通して可視化したり、実際に感じてもらえる形にしたりできる。それは、プランニングという仕事の面白さのひとつだと感じています。
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[ 4. まとめ ] オフィスづくりから始まる”人的資本経営”
――老舗企業との仕事を通じて、オフィスづくりについてどのような考えが深まりましたか。
渋谷レックスの渋谷社長が以前、「自分がこれまでやってきたことは、人的資本経営だったんだと思う」とおっしゃっていて、それがすごく印象に残っているんですね。人的資本経営とは、人を資本として捉え、経営に活かしていく考え方ですが、オフィスに投資することは、ある意味で人に投資することと同義だということです。
1日の多くを過ごす職場の環境は、そこで働く人のコンディションに直結します。栄養バランスの取れた食事を用意しても、それを食べる場所が劣悪だったら意味がないですよね。「働き方改革」や「人的資本経営」という言葉は広まっていますが、その実践として空間への投資が選択肢に入っていない会社はまだまだ多い。特に地方の老舗企業には、私たちが切り込んでいける余地がたくさんあると感じています。
――最後に、今後の展望を聞かせてください。
歴史ある企業で、今回ご紹介した企業と同じような課題を抱えている企業は本当にたくさんあると思います。大切にしたいのは、そうした企業の空間をただキレイにするのではなく、その会社が大切にしてきた思想や、そこで働く人を中心に据えた設計をすることです。工場で働く人たちが誇りを持てる場所、従業員の家族まで「うちの親の職場はこんなに素晴らしいんだ」と感じられる場所。そういう空間が地方に増えていくことで、企業の採用力が変わり、地域での存在感が変わり、ひいては街のあり方も少しずつ変わっていくと信じています。


