• HOME
  • navigate_next
  • ヒトマガ
  • navigate_next
  • 東京都主催・スタートアップによる島しょ振興促進事業「TOKYO ISLANDHOOD with STARTUPS」のプログラムが完結!〜離島とスタートアップの思いと関係性を繋いだ3年間

  • PROJECT

access_time

2026/5/18

東京都主催・スタートアップによる島しょ振興促進事業「TOKYO ISLANDHOOD with STARTUPS」のプログラムが完結!〜離島とスタートアップの思いと関係性を繋いだ3年間

東京都が主催する「TOKYO ISLANDHOOD with STARTUPS(スタートアップによる島しょ振興促進事業)」は、東京の島しょエリアの魅力向上と地域課題の解決を目的に、創業後10年未満のスタートアップや個人事業主(NPO等を含む)による島しょエリアでのビジネス展開を支援するプログラムです。ヒトカラメディアは、このプログラムに企画・運営パートナーとして3年間にわたって携わってきました。プログラムの終了にあたり、担当ディレクターの柳川雄飛と中川陽子に、3年間の歩みと手応え、そして島の未来への想いを聞きました。

ヒトカラメディア
プロジェクトメンバー

◉「TOKYO ISLANDHOOD with STARTUPS」とは?

本プログラムは、東京の島しょエリアの魅力向上や地域課題の解決を目的として、スタートアップや個人事業主等による島しょエリアでのビジネス展開を支援するものです。

初年度の令和5年度は伊豆大島、利島、新島、式根島、神津島を舞台に6者の事業者が採択され、令和6年度は三宅島、御蔵島、八丈島、青ヶ島にて5者、3年目となる令和7年度は、小笠原諸島(父島、母島)を舞台に5者が採択され、島しょ地域への現地訪問の機会提供をはじめ、島しょ地域に精通した専門人材による伴走支援、事業化に向けた活動の積極的な情報発信、島内のネットワーク構築支援などの多彩な支援を行ってきました。

ヒトカラメディアは、本事業に初年度から3年間、企画・運営パートナーとして参画し、プログラムコンセプト「島からはじめる。島へとつながる。」を実現するために、島の人々とプレイヤーを繋げ、事業化支援を行うことで島しょ地域の産業振興を推進してきました。

1.ゼロからの信頼構築。島民とスタートアップの想いと想いをチューニングする

――まずは、「TOKYO ISLANDHOOD」に携わった3年間を振り返って、率直な感想を教えてください。

ヒトカラメディア・柳川雄飛(以下「柳川」):良い意味で、当初思い描いていたところとはぜんぜん違うところに着地したな、という感じがしています。建築やグラフィックのように「あるコンセプトを軸にしてアウトプットしていく」という形とは違って、コミュニティや人の関係性は、最初から明確なコンセプトがあるわけじゃないんですよね。最初はぼんやりとした旗印だけがある。でも今回は、僕らは考案した「TOKYO ISLANDHOOD」というプログラムの名称が旗印になって、そこへみんなが向かっていくことで、目指すべきことややりたいことが根っこのようにじわじわと広がっていったような感じがします。今の時点でもまだ途中段階で、これからもさらに広がっていくと思っています。

ヒトカラメディア・中川陽子(以下「中川」):そうですね。3年間をかけて”同じ方向を向くための共通言語”ができてきたかなという感じがあります。同じ物差しで語れるようになってきたというか。それに少なくとも3年は必要だったなという感覚がしています。

――3年間というのは、振り返ってみて長かったですか、それとも短かったですか。

柳川:短かったですね。このプロジェクトでは、対象となる離島が1年ごとに変わっていったので、結局1年ごとの積み重ねなんです。1年目に採択された方々の事業が、ようやく最近になって形になってきました。プロジェクトも事業も続けていくことがいかに大事か、というのを改めて実感しています。

――離島を舞台にした東京都の事業支援プログラムはこれまでにもたくさんありました。離島をフィールドとした事業は、スタートアップとしても島までの物理的や距離のハードルがありますし、島の方々としても島外のスタートアップと連携するという点で心理的なハードルがあったのではないかと思います。スタートアップと島の方々と、双方の信頼関係を築いていく上で、意識されていたこと、実践されたことはありますか?

中川:毎年、プログラムが本格的にスタートする前に、東京都の担当者と一緒に島へ足を運ぶことにしたんです。役場、観光協会、商工会、金融機関といった、島の経済や関係を支えている機関・団体をしっかりと訪問しました。実はこれ、私たちの活動計画には入っていなかったことなんです。でも、まずそこから始めなければ、と感じていました。

柳川:島の方々からの理解や信頼を得ることも大事でしたが、東京都の担当者と私たち事務局がまず島に一緒に訪れることで、単純にスタートアップを募集して採択し、島と繋ぎ合わせれば事業が起きるということではない、ということをリアルに感じられたことが大きな収穫だったと思います。これが毎年ちゃんと出来たからこそ、この「TOKYO ISLANDHOOD with STARTUPS」は”島側を置いてけぼりにしない”という観点を大切にしながら、スタートアップと島がフラットであり、かつ中長期的に良い関係になることを重視して支援に取り組めたと思っています。東京都の皆さんと一緒に島に行けたことは、本当に大きかったですよね。

中川:そうですね。島の人たちからしてみると、新しい事業が始まるということは、島の文化や産業の均衡を壊しかねないという、抵抗感を持つものだとも思います。新年度がスタートして島へ行く度に「また何かはじまるの?」と言われることもありました。でも、1年目から3年目まで毎年、東京都の方と一緒に島を回ってベースを作れたからこそ、実証実験やその後の支援をやり続けることができた。その積み重ねが信頼につながっていったと思っています。

――3年間で、計16者の採択事業者を支援されましたが、さまざまな実証実験などを経て、どんな成果が生まれたのでしょうか。印象に残っている事例を教えてください。

中川:印象に残っている事業者さんのひとつは、FLOATBASEさんですね。FLOATBASEさんは、今回のプロジェクトで島しょ地域の医療アクセス向上に向け、都内の診療所と島をつながるサテライト診療所デバイスの事業を考えていました。2023年10月にまずは伊豆大島で、利島、新島、式根島、神津島を含めた、それぞれの関係者を招いてキックオフミーティングを行いました。その後、新島の村役場、商工会、診療所や、式根島の診療所にも出向き、デバイスの説明をして回ったんです。すると、事業自体は評価されたのですが、設置には確認事項が多すぎて現実的じゃないという話になりました。島の方々とも議論を重ねていく中で、新しいアイデアとして出たのが小型の薬自動販売機でした。

――なるほど、島民との対話によって事業の形が変わっていったということですね。

中川:そうなんです。ベースのデバイスに改良を加え、小型のお薬自販機を開発しました。島にはコンビニやドラッグストアがなく、風邪薬を買うのも大変だということが島民との関わりの中で見えてきて、ニーズがあるのでは?ということになりました。FLOATBASEさんも一方的に自分たちの事業を押し付けるわけではなく、柔軟に意見を取り入れ、結果的にプロダクトの形が変わっていきました。そういうことだったらと、式根島診療所、体操教室、商工会、役場、喫茶店などでの設置の検討もどんどん進みました。対話を重ねながら「島に本当に必要なプロダクトは何か?」を考えていったこの事例は、本プロジェクトを大いに象徴するものだと感じています。

――採択事業者全体を通して、3年間の手応えはいかがでしたか。

柳川:初年度の採択事業者が一番多く事業化できていて、2年目がその次、3年目が最も少ないという状況になっています。当然ですが、事業を実装化するにはある程度の時間が必要です。1年目、2年目の採択事業者を継続的に支援してきましたが、その意義が数字にもはっきり表れていると感じますし、時間をかけて伴走し続けて良かったと思っています。初年度の採択事業者である離島専門の引越し屋さんであるアイランデクス、事業承継プラットフォームを運営するライトライトさん、国内ドローンメーカーのエアロセンスさん、それぞれが島とタッグを組んで、事業として形になっています。

中川:3年間で16社の採択企業を支援してきて、5者の事業化が進んでいるのはシンプルにとても嬉しいですね。

2. 成果報告会は”終わり”ではなく”はじまり”。島の仲間が熱く語らう場「TOKYO ISLANDHOOD DAY」

――事業の集大成として行われた成果発表イベント「TOKYO ISLANDHOOD DAY」について教えてください。採択事業者による成果の発表だけでなく、東京の島しょエリア以外にも離島に携わる方々がたくさん参加されていましたね。

中川:成果発表会という名前こそついていますが、位置づけとしては”終わりの場”ではなく”はじまりの場”として設計したいという思いがありました。これまで行ってきた事業の取り組みや成果を島の人たちやスタートアップと共有し、事業活動を継続させるためにも、新しい関係性や出会いを作り出す場(=TOKYO ISLANDHOOD DAY)が大事だと考えていました。

柳川:TOKYO ISLANDHOODという事業を通じて出会った島の方々や、過年度の採択事業者や事業関係者が一堂に会し、成果発表の場を、新たな取り組みがスタートする「キックオフイベント」という位置付けに変換したことが良かったんじゃないかと思っています。ある採択事業者からは「ほかの事業者さんの取り組みを聞けたり、懇親会の場で意見交換できる機会はとても勉強になった。ああいう機会をまた設けてほしい」というフィードバックをもらいました。参加した方がそういうふうに感じてくれているというのは、本当にやって良かったと思える瞬間ですね。

中川:ご登壇いただいた島の方からも、TOKYO ISLANDHOOD DAYの翌日にメッセージをいただいたんです。「東京都の事業に10年近く携わっていますが、一番愛を持って関わってくれた事務局です。感謝しています。このネットワークをどうキープして、さらに育てていくかを一緒に考えていきたい」という内容でした。”一緒に”という言葉がとても嬉しくて。私たちがずっとやり続けるというよりも、島の人たちが自分たちで動いていける軸足に変わっていく、それが理想の形だと思っていたので。そういう関係性を作れたこと、共有できたことをうれしく思っています。

3. プログラムの枠を超えて持続する関係性と島の未来


――スタートアップと島というフィールドの相性について、3年間を通じてどのように感じましたか。

柳川:採択事業者の方が「離島ってスタートアップと相性が良いと思っている。それを体感できて良かった」とおっしゃっていたのですが、僕も同じように感じました。このプログラムにおいて、すでに固まっている計画や既存のサービスを島の課題解決に当てはめようとすると、どこかうまく噛み合わないことがあります。。でも、まだ事業の開発途上のスタートアップだからこそ、島のような特殊な環境にも柔軟に対応できたんだと思います。

中川:私は地方でも同じことが言えると思っていて。島が特別視されることは多いのですが、構造的には地方も同じような課題を抱えています。自分たちではどうにもならなくて行政サービスに頼りっぱなしという構造ができていて、その行政サービスがなくなったときにどうするか、というのが直近の課題として出てきているところがたくさんあります。島で培ったことは、地方にも十分に応用できると思っています。

柳川:スタートアップだけじゃなくて、個人の集合体のようなチームも相性が良いと思っています。プロジェクトごとに専門家が集まって動くようなチームの形が、島には合っています。ヒトカラメディアが持っているアセット、つまりスタートアップとのネットワークや伴走のノウハウ、そして外から入っていくよそ者としての客観的な視点というのが、地域に還元できるポジションに自分たちはいるんじゃないかということも、この事業を通じてはっきり分かってきました。

中川:”お金の切れ目が縁の切れ目”にならないためにどうしたら良いのか、ということも3年目は特に意識していました。この事業が終わったとき、地域の誰にバトンを渡すのか、何を形として残しておくのか。そのことを常に考えながら動いていました。

――最後に、この3年間で得たもの、気づきについて教えてください。

柳川:スタートアップ、島に生きる人たち、私たち事務局やアドバイザー、東京都、想いを持って島に関わるすべての人が”ISLANDHOOD”だと思っています。みんながそれぞれの立場で課題や可能性に向き合い、共鳴しあうからこそチームになれる。TOKYO ISLANDHOODから事業化や実証に進むチームが生まれ、この3年間の事業支援期間を超え、中長的な関係性の中で島のさまざまな課題解決や新たな取り組みにつながっていく。島とスタートアップの関係構築のプロセスから生まれたプロジェクトチーム全体の「信頼」が、事業終了後も確かな次の一歩へと繋がっていると思います。


 取材・文/ヒトカラメディア編集部